教師の仕事の転換
授業で提示される教材・教具は、コンテンツ。それをこれからは、子どもたち自身が作る時代になるのだと考えています。
与えられていた立場から、作るへの転換です。
そうなると、教師は、コンテンツの作成から解放されます。それと同時に、単純なコンテンツの提示からも解放されることになるのです。
そうなると、教師の仕事が、コンテンツの作成から、コンテクストの伝達に転換するのだと考えています。これまで以上にコンテクストの伝達に重きが置かれる、という発想の方が正しいことになるでしょうが・・・。
コンピュータがひとり1台の時代。
教室で、子どもたちが、コンピュータをノートや鉛筆のように使う時代。
それほど、遠い未来の話でもないような気がしています。近未来の学校。そこでは、子どもたちが、筆記用具のかわりに、ノート型コンピュータを扱う時代がやってくる、とさえ思っています。
少なくとも、教室には、今以上に、デジタル機器が導入されることは間違いないでしょう。その動きは、加速するように思えてなりません。そう遠くない時期に、黒板は、電子黒板に変わっていくでしょう。
コンピュータと接続された電子黒板が、これまでの黒板に変わるだけでは、何ら意味はありません。巨額の投資を伴う以上、それに見合った教育的な効果が期待されるのです。黒板が電子化される意味を、黒板がネットワーク端末になる、と考えることができます。ネットワーク上に、位置づけられた黒板。
つまり、黒板での提示資料を、ネットワーク上で共有することができるようになるのです。
黒板にしても、ホワイトボードであったとしても、アナログ的なものであれば、消してしまえばおしまい。その情報は、消えてしまいます。デジタル情報化されることによって、保存することが可能になり、再利用することも可能になるでしょう。ネットワーク上に位置づけられていれば、コンピュータを持ち歩く必要さえなくなるのです。
デジタル化された情報は、アナログに較べて、再利用が容易です。再編集も容易に実現できます。また、それ以前に、作成した提示資料も容易に作成することが可能です。ネットワークにつながっていれば、他からのコンテンツを引用することも、容易に実現できます。
これまで、教師が作成することに限定されていた教材としてのコンテンツを、子どもたちが作成することも、容易になると考えています。つまり、本来、「教えられる」「与えられる」立場にある子どもたちが、教材・教具としてのコンテンツを作成することが容易になるのです。
デジタル化することで、コンテンツ作成から、教師は解放されるのではないでしょうか。子どもたちは、授業のコンテンツを「与えられる」立場から、それを「作成する」立場に、転換を余儀なくされると考えています。「与えられる」ことで、受け身となっていった姿から、「作る」という参加型に転換することが可能になると考えられるのです。
教師の立場も、それによって転換することになると考えています。コンテンツの作成・提示、という立場から、その先のコンテクストを伝達する側面が、より一層、強調されることになると考えています。

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