大きく印刷してみました。
2009年3月18日(水)、1年生の情報科な日々、最後の授業。
キッドピクスで、マウスの操作に慣れることが、1年生の情報科な日々の最大の課題。そのことを通じて、デジタルメディアと接して、その特徴を学ぶと共に、その特性も知ることが課題となるのです。それと同時に、楽しい、ということを実感できることも重要なことだと考えています。
今日で、印刷も最終回。用紙、ということについて、知ってもらうことにしました。
1年生は、何も知らない。これは、強みだと思っています。何も知らないからこそ、すべてが新しいのです。見るもの、聞くものに対して、常に新鮮でいられるというのは、大人では、なかなか難しいことです。それができる1年生は、実は、凄い存在なのです。
今日の課題は、用紙設定。A4のデフォルト設定を、A3の用紙に切り替えての印刷です。条件が一つプラスになったと考えればいいと思います。名前を左上に書くことや、苗字を書くこと、読めるように書くこと、そして印刷な1人1枚という条件は継続です。
ここで大切なことは、A3の用紙で印刷できることがすべてとは考えていません。A3の用紙に切り替えて印刷できることは、結果であって、重要なことは、その過程なのです。過程がきちんとできれば、結果は自ずからついてくるのです。それが基礎的なものの特徴と考えています。
ここに応用が入ってしまったら、話は別。また、記憶力を試すような場合も別です。過程よりも、知識としての結果を試すこといなるためです。
表面上は、A3への用紙の切り替え。しかし、実際に確認したかったことは、どこまで聞いたことを行動できるか、ということです。
用紙の切り替えは、提示用のセンター画面で、説明しながら進めます。センター画面を見ながら、自分のモニターと見比べて、耳にした言葉と提示された例示を活用して、どこまで自分で行動することができるかが重要なのです。
目と耳で確認した情報を、自分の行動として発信できるかどうか、ということが隠れた課題なのです。ついつい、表面的なA3への用紙の切り替えに固執してしまいがちです。用紙の切り替えが上手くできるかどうかは、手に入れた情報で、同じように行動できるかどうかということなのです。
もし仮に、A3の用紙への切り替えができたことだけが評価につながるのならば、それは情報科な日々の狭い世界としてのリテラシに過ぎません。それよりも大切なことは、情報科な日々での学習が、他に援用することができるようになり、理解するということを、体験の中で、自分なりに知ることなのです。どうすることが理解することなのか、を情報科な日々の学習を通じて、体験的に知ることが、そこに留まることのない広い学びにつながっていくことだと考えています。
だからこそ、A3への用紙の切り替えが、途中で止まってしまった子どもは、おいていくことにします。印刷することに意義があるのではなく、見聞きした情報を、きちんと行動という形で発信することができるかどうかが課題だからです。提示用のセンター画面と違ったことをして、自分で直すことができない場合には、そこでおしまいです。そこから先は、進めなくなるのです。
40人が3クラスで、1学年120名の子どもたち。途中で止まって、印刷までたどり着けなかった子どもは、10人に充たないものでした。10%以下ですから、これは十分に許容範囲。100名以上の子どもたちが、A3の用紙に印刷することができました。返却してもらうには、残りの条件を満たしていなければなりません。それを加えても、100名以上の子どもたちが、自分の作品を持ち帰ることができました。
1年生の情報科な日々は、今日でおしまい。2年生になったら、今度は1学期に情報科な日々があります。唯一、次年度との継続性を持った学年です。どんどん先に進んでいきたいと思います。iMacが、さまざまな学びと結びつくように、こちらもしばしの充電期間です。

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