2日間の春休み
今日と明日の2日間は、春休み。
学芸員課程の調査実習が昨日で終わりました。5泊6日に、2日間短縮されたとは言っても、まだまだ長丁場。
明後日の4月3日からは、小学校のお仕事も始まります。だから、春休みは、今日と明日の2日間となるのです。
新年度も、あまり休む、という気持ちがないままに始まりそうです。昨年度末の疲れを引きづったまま、とならないようにと思ってはいたのですが・・・。
お休みならお休みで、家庭のことでバタバタと時間は過ぎていきます。時間の使い方に気をつけないと、時間はどんどん消えて言ってしまいます。
調査実習の期間は、ある意味、単純な時間。朝起きて、石塔と向き合う6日間。何も考えることなく、一つのことと向き合っている方が、気分的には楽な気もします。応用編が生まれてくると、精神的に疲労がたまってきます。
実測図を作成して、写真を撮影。実測図も、単なるスケッチとは違い、「実測図」ならではの「癖」を持っています。写真撮影も、同じように「記録」ということを意識した撮影が不可欠になります。
実測図と写真撮影では、写真撮影の方が学生にとっては、ハードルが高いようです。
デジタルカメラの普及によって、これまで以上に、写真撮影は身近なものとなっています。ケータイでの撮影なんて、お手の物の学生たち。しかし、今回は、「記録としての撮影」が必要になるのです。撮影の対象物を真っ正面から、きちんと撮影するチャックポイントが多数あります。その一つ一つを、毎回の撮影で、確認しながら、シャッターを切らなければなりません。
ピント合わせにしても、オートではなく、自分の目できちんとあわせなければなりません。光をどれだけ取り入れるかも、露出計で測った絞りとシャッタースピードできちんと設定しなければなりません。日常、煩雑に行われる「撮影」だからこそ、簡単そうに見えて、難しい撮影、となるのです。
実測図も、計って縮尺通りに書いていけば描ける、というものではありません。そこには、センス、といわれるものが必須の条件となってきます。センス、というのは、絵心、と呼ばれるものではありません。計測して値だけでなく、自分の目に映った石塔を、どうやって計測値をして実測図の中に表現していくか、というセンスなのです。
この「センス」は、慣れと呼ばれる訓練で身につく要素が大いにあります。しかし、ただ数をこなすだけが、慣れた、ということにはつながりません。どれだけ、しっかりとした問題意識を持って、調査実習に望んでいるかが重要なのです。
自分自身を振り返ってみて、あらゆる面で「センス」と呼ばれるものからは、見放されていると思っています。調査実習について言えば、実測図を作成するための絵心なんて何もありませんでした。写真撮影にしても、確かにカメラ小僧の時期もあったことは否定しませんが、記録用の撮影に「センス」を持っているとは、微塵も思っていません。
このことは、古代史についても同じように思っています。資・史料を読むことに関しても、「センス」のなさを実感しています。論文を書くことに関してだって、文章がけっして上手い、とは思っていません。今の小学校での生活も同じ。小学校の教員として、「センス」があるとは思っていません。「せんす」などない、という方が正しいかもしれません。
だからこそ、「センス」は育てるものだし、「育つもの」だと考えています。すべての意識を注入すれば、「センス」を越える技術が身につくと思っています。雑念を持たず、すべてをその時に集中させることで、「センス」を越える「方法」が身につくと考えています。そして、自分はそうして、さまざまな課題を克服してきたと思っています。
そういう生活を繰り返していると、一つが終わると、疲労は極限に達します。心身共に、疲労が極限に達して、何も手につかない状態が待っています。休息がなければ、次に進めないまで疲労は自分を追い詰めてしまうのです。
明後日から、2009年度が始まります。新しい年度になれば、また新しい課題が待っています。「センス」がなくても、それなりに成果を上げることができる。それを示し続けるために、歩き続けなければならないと思っています。去年倒れたから、きっと今年は持つでしょう。そんな楽観的な思いで、新しい学期を迎えることにします。

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