「ほうとう」調べの続き
2009年4月16日、5年生家庭科とのコラボの2回目。「ほうとう」調べの2回目です。
来週の調理実習に備えて、「ほうとう」とは?、を調べるコラボ。調理実習はアナログ的な作業。それに対して、インターネットを使った「ほうとう」調べはデジタル的な作業。この往還の作業が、非常に大きな意味を持つと思っています。
アナログ的な世界とデジタル的な世界。この二つの狭間で、子どもたちは、常に、往還を続けているのですから。そして、我々おとなも、子どもと何ら変わりなく、そのような環境に置かれているのです。
アナログ的な実存世界。デジタル的な仮想世界。この二つに、否が応でも取り囲まれている高度情報社会。どちらか一方になれば、その方が楽なのでしょうが・・・。
人がデジタルにならない限り、アナログ的な世界は失われることはないのです。人が人であると言うことは、デジタルにはならないことなので、デジタルだけになる、と言うことは有り得ないのです。
このように考えると、今後も、アナログ的な世界とデジタル的な世界の狭間に生きていくこと、生きて行かざるをないことは、人としての使命とも言うべきことになるのです。だからこそ、学校という場で、二つの世界の往還を、経験的に展開することに大きな意味があると考えています。
今回の「ほうとう調べ」の第一の目的は、単純に、「ほうとう」とは?。を知ること。それをまとめることを第一の目的とはしていません。それと同時に、調理、と言う実習が伴うのですから、素材を切る、と言う作業が必要になります。素材の切り方はさまざま。
切り方の違いを、言葉を聞いて、認識できるようにしておくことにも、課題がおかれています。「輪切り」「半月切り」「銀杏切り「拍子切り」「賽の目切り」など、素材に合わせた切り方を知っておくことは、大切なことです。
調べて手に入れた知識を、授業終了10分前から、発表してもらいました。
「ほうとう」というのは、どんな食べ物か?
この質問に、積極的に答えるクラスもあれば、「・・・」のクラスも。その反応もさまざま。「・・・」のクラスは何をしていたのでしょうか、と思うところもありますが、どうやら、間違えることを恐れて、消極的になっていたようです。
5年生にもなると、間違えたら恥ずかしい、と言う気持ちが強くなるようです。みんなの前で発表して間違えることは、 決して、恥じることではないのです。間違いをそのまま、黙って見過ごしていること自体を恥じるべきなのです。
学校だから間違えて良いのです。学校だから、たくさんの恥をかかなければならないのです。そうしなければ、社会に出て、間違えたり、恥をかくことになってしまうのです。学校だって、間違えない方が良いに決まっています。しかし、社会に出た時を考えると、間違いを恥じずに、きちんと修正する力強さを身につけることも、学校の大きな役割だと考えています。
知を閉鎖的に考えれば、間違いが恥、となるでしょう。知は、みんなの共有財産なのですから、間違うことも、同じ財産となるのです。閉鎖的な知を身につけるのではなく、未来につながる開放的な知を身につけなければならないと考えています。
図らずも、「ほうとう調べ」の結果を共有することで知ることができたこのこと。調べた内容という「知」を共有することで、始めて明らかになったことと考えることができるのです。
アナログとデジタルの双方の世界の往還と同様、その中で得た「知」をどのように共有していくかと言うことも、今後の大きな課題になることが明らかになったと考えています。
「知」は、自分だけのものではなく、共有財産。
それが「知」が、「知」であるための必須要件になると考えています。このことも、情報科な日々の大きな課題となることが明らかになった非常に意義のあるコラボレーションの展開でした。教科という枠組みを乗りこえることで、新しい知を創造できると共に、これまでの「知」を乗りこえる方向性が見えてきたような気がしてなりません。

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