最終回も淡々と

|
2010年3月16日、4年生の情報科な日々が行われました。
2009年度の4年生の情報科な日々は、今日が最終回。

最終回ではありますが、いつも通りに淡々と授業を進めました。
粛々と、とはいきませんが、淡々と進めることはできたと考えています。

4年生の情報科な日々は、「私は誰でしょう」の都道府県版の作成。
その課題を淡々と進めてもらいました。

まとめて、形にすることも重要でしょう。
しかし、そこにばかり目がいってしまって、形にすることだけ主眼がおかれては意味がありません。

大切なのは、調べてまとめること。
そして、その方法を学ぶこと。

知的好奇心を喚起して、自分なりの都道府県の知識を深めることなのです。
知りたい、という欲求なしに、ただ都道府県について調べても意味がありません。
強制される学びから、自ら学ぶことが重要です。


今回の「私は誰でしょう」を通じて、多くの課題が見えてきました。
知的関心が強い子どもと、弱い子どもでは、自らの課題に取り組む姿勢に大きな違いが出て来ます。

そんなことは当たり前。

そう、当たり前なのです。
しかし、それを当たり前と過ごしていては、なんの解決にもなりません。

子どもたちは、課題をこなすために、47を終わらせようとします。
数をこなすことに主眼がおかれれば、内容は雑なものに成らざるを得ません。

数をこなすか。
それとも内容を深めるか。

後者をとるべきでしょう。
後者をとるため、選択させるにはどうしたらいいのか。
結果を求めるのではなく、過程を重視する学びを展開する必要があるのです。

学校というところは、とかく結果を求めてしまいます。
結果を求めるから学校といっても良いのかもしれません。

それでは、本質的な問い。
何のために結果を求めるのですか?

結果だけを求めることにどのような意味があるでしょうか。
重要なのは学びの過程です。
過程が確立すれば、自ずから結果は伴ってくるのです。

結果を求めるから、過程が作られるということがあるでしょう。
これまでの学びは、そういう方法で進められてきたのでしょう。

それをまったく逆転して考える必要があるように思えてなりません。
結果を求めるから過程を重視するのではなく、過程を重視するのです。
過程を重視することで、結果がどうなるかが決まるのです。
そういう方向に舵を切らないと、子どもたちは追い詰められていくばかりです。

追い込まれれば・・・。
子どもたちの自由な学びを引き出すためには、生活の中に知的な場が豊富に準備されていなければなりません。
学びと生活・暮らしが分離しているなんて有り得ないのです。

淡々と学びは進めるべきなのです。
淡々と進むべきなのです。

知的好奇心を引き出し、自ら学ぶ力を引き出すには、日常の学びが淡々と進んでいくことが必要なのです。

もう、無理矢理、結果を求めることはやめましょう。
少なくとも、情報科な日々では、淡々と暮らしの中に学びを生み出していくのです。

About this Entry

This page contains a single entry by admin published on March 16, 2010 8:20 PM.

キッドピクスの総仕上げ was the previous entry in this blog.

情報科な日々のつれづれはMT5で生まれ変わりました! is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Powered by Movable Type 4.22-ja